アレキサンダーファン
2016年12月掲載
プロフィール
濱地 宗(はまじ・かなめ) 濱地 宗
(はまじ・かなめ)

宮城県仙台市出身。東京藝術大学を首席で卒業。同大学院修了。在学中、安宅賞、アカンサス音楽賞受賞。第10回 JEJU International Brass Competitionにて日本人ホルン奏者初となる国際コンクール優勝者となる。第77回日本音楽コンクール第3位、第80回第2位。第8回東京音楽コンクール金管部門第2位。日本管打楽器コンクールでも上位入賞を果たす。その他受賞多数。日本フィル、芸大フィル、仙台フィルと共演。小澤征爾音楽塾、PMF、なにわオーケストラルウィンズ参加。霧島音楽祭に招待される。NHK-FM名曲リサイタルやFM高崎で収録。現在までにホルンを須田一之、西條貴人、守山光三、松ア裕、日高剛、Christian Lampertの各氏に師事。神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席奏者を経て、現在、群馬交響楽団第一ホルン奏者。


使用楽器:
アレキサンダー103MBL
使用マウスピース:
ヤマハ

第50回 プレーヤーズ
濱地 宗 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。



─ホルンはいつから吹いているのですか。

 小学4年生から小学校の吹奏楽部で吹いていました。その前から、幼稚園も音楽幼稚園だったのでソルフェージュのようなこともやっていましたし、2つ上の姉がいたので、その後に付いて3歳くらいからマリンバも習っていました。吹奏楽部に入ってホルンを始めたのも姉の影響です。


─中学でも吹奏楽部に?

 迷いなく入部しました。コンクールで全国大会に出ているようなバンドだったので部員も多かったのですが、運よく1年生からコンクールメンバーに選ばれて、その頃から「もしかして自分はちょっと上手いんじゃないか」と思うようになりました(笑)。中学2年生のときには仙台ジュニアオーケストラのオーディションを受けて入り、講師だった仙台フィルの須田(一之)先生にレッスンも受けるようになりました。


─楽器三昧ですね。

 それが、吹奏楽部には男子が非常に少なくて、女子に囲まれて練習するのがなんか嫌で、よく練習をサボっていました。でもホルンは上手くなりたかったので、家とかみんなが帰った後などに1人でかなり練習していました。悪ぶりたかったんですかね。今もそうなんですけど(笑)。


─家で吹ける環境だったんですね。

 姉が音楽高校に行ったので、家に防音室を作ってくれたんです。


濱地 宗

─高校も楽器を吹けるところに?
 当時仙台には男子が行ける音楽高校がなかったので、ジュニアオケの先輩に誘われた高校に進み、吹奏楽部にも入ろうとしたのですが、中学のときとのギャップを感じたこともあり、すぐ辞めてしまいました。学校自体も好きになれず、2年生の途中で辞めてしまいました。
 ところが僕が3年生になったとき、姉の行っていた女子高が音楽科のみ共学にするから、来ないかという話をもらいました。本当はその年の1年生が男子の第1期生になりますが、3年生から編入なので0期生ということでしょうか。
 「受けられるホルンのコンクールは全部受けて、しかも良い成績を残すこと。そして東京藝大に入ること」というすごい条件が付いていたのですが、「はい、わかりました」と。そこからホルンの勉強をやり直して、音大を目指したことになります。本当に1日中ホルンを吹いて、週1回須田先生のレッスンを受けていました。須田先生に紹介していただいて、都響の西條(貴人)さんのところにも習いに行っていました。


─しかし全てのコンクールを受けるとなると、相当大変ですよね。

 きつかったです。でもその中で、2005年に受けた日本音楽コンクールでは手応えを感じました。ちょうど17歳から受けられる規定になっていたので、高校3年生のときですから最年少で受けたことになります。同じコンクールには1位を取った大野(雄太)さんとか、福川(伸陽)さん、岸上(穣)さん、松坂(隼)さんも出ていましたし、演奏順で僕の前が安土(真弓)さん、後ろが岩佐(朋彦)さんでしたからね。「東京はすごい人たちの集まりだ!」と思いました。運よく1次を通過したのですが、それが自信になりました。普通は高校生は、競うとしても高校生が相手じゃないですか。それを、同じ土俵でプロの人たちと競えたというのは良い経験でしたね。


─レッスンも高校生レベルを超えていたのでは?

 そうですね。大学受験の課題に出るようなコープラッシュとかマキシム・アルフォンスなどのエチュードはできて当たり前、その先をやるように言われました。何しろ、高校3年生の最初のレッスンがノイリンクの《バガテル》でしたからね。しかも高校の試験で吹いたのがグリエールのホルン協奏曲。無茶苦茶スパルタですよね。


─大学受験など、もう大したことがなかった?

 何しろ安土さんとか岩佐さんの音を知っていますからね。高校生の音には絶対負けないと思いました。


濱地 宗


大学に入ってからの挫折を経て、群馬交響楽団に入団

─藝大に入ってからは?

 挫折の日々でした。藝大に限りませんが、周りが上手すぎてもう練習するのも嫌になりました。1つ上に日フィルの原川(翔太郎)さんがいて、その上には岸上さんも松坂さんもいましたし、「この人たちにはついて行けない」と思って、調子も崩してしまいました。


─どうやって持ち直したのですか。

 学校は違いましたが同期に読響の日橋(辰朗)君がいるのですが、あるときホルンアンサンブルをしていて「同級生にも上手いやつがいるんだな」と思ったら彼で、「一緒にがんばろう」と思えました。彼も大学に入ってからアンブシュアを変えて苦労していましたからね。
 それで大学3年生のときにようやく2008年の日本音楽コンクールで3位を取れるところまで行くことができましたが、そこからあまり練習しなくなってしまいました。翌年の管打楽器コンクールで2位は取れましたが、日橋君に抜かされてしまいました。守山先生や西條先生のレッスンもろくに受ていませんでしたから、だめですよね。


─そこで気合を入れ直した?

 いやあ、その後コンクールの成績はもっと悪くなって、ソロに関して本当に気合が入ったのはここ数年のことですよ。でも、大学4年生の管打コンのあとに神奈川フィルハーモニー管弦楽団から契約団員の話をいただいた頃から、「ソロはもういいや。オーケストラをがんばろう」と思うようになりました。


─そして現在の群馬交響楽団にオーディションを経て入団するわけですね。

 神奈川フィルでは契約団員からそのまま首席になったので、オケのオーディションに受かったことがなかったわけです。それで「オーディションを経験してみたい」と思ったというのも理由のひとつです。
 ところが群響のオーディションに、遅刻したんですよ。「これはもうだめだな」と思ったのですが、事務局から受けさせてもらえると言われて、「どうせ落ちるだろうから」と気楽に吹けたのが良かったのかもしれません(笑)。すでに群響は4年目です。


─肩書は「第一奏者」となっていますが。

 実質「首席」のポジションと同じで、ずっと1番を吹いています。


─群響はどんなオケですか。

 地域密着型で、良い意味でも悪い意味でも保守的ですね。なにしろ、日本のプロオケの中ではかなりの老舗ですから。自分たちのスタイルを確立しているとも言えます。最近の流行に反して、弦楽器のサウンドもおとなしいというか優しい感じです。でも、外国人も多くて、例えばロシアの曲を演ると、チェロのロシア人が指揮者に意見するんです。でもそうすると、ロシアの音色になるんですよ。チェコ人もドヴォルザークを演るときは「そこはそういう解釈じゃない」と言います。


─濱地さんも何か言われます?

 ロシアの曲では「なぜホルンはビブラートをかけないんだ」と言われたことはあります。僕はビブラート大好きですから「かけていいんですか!?」と言ってかけますが。そういうふうに言ってもらえるし、周りもきちんと意見を聞くので、いろいろ勉強になります。


濱地 宗


毎年海外に行って、最新の演奏技術を学びたい

─まだまだ勉強中ということですか。

 群響で学べることもたくさんあるのですが、僕はもっともっと学ばないといけないなと思い、アンテナは張っています。この間は1か月休みをいただいてドイツに行ってきました。主な目的はミュンヘン国際音楽コンクールとチェコのブルノで行なわれたヤナーチェク国際音楽コンクールを受けるためでしたが、それだけではなく、いろいろな人にレッスンを受けてきました。
 今すごく海外に目を向けていますが、僕は留学する必要はないと思っています。今は来日する人も多いし、ネットで情報を手に入れることもできます。でももちろん入ってこない情報もある。だから、毎年1か月くらい海外に行って、常に最先端の演奏法を学んで来たいと思っています。僕のように留学経験がなく、固定概念がない状態で海外に行くと、本当に面白いですよ。
 僕は自分自身のカラーを「白」だと思っているのですが、だからこそ触れたものをすぐ吸収できるんです。1か月ドイツにいて12人にレッスンを受けましたが、そこで学んだことは何の抵抗もなく取り入れることができました。でも、それを日本で広めようとしても、残念ながら僕には今影響力が足りない。


濱地 宗

─ではぜひここで。
 まず、ドイツは日本よりも圧倒的に音が明るいです。言葉の問題、気候の問題などもあるし、日本の主流となっているのはアンサンブルがしやすい吹き方なので、先人たちが作って来たものを崩してはいけないと思いますが、右手はもうちょっと開けた方がいい。もちろん右手だけの問題ではありませんが。
 実際に群響で右手をオープンにした吹き方を試してみると、音が浮いてしまうんです。そうならないためにはホルンセクションでそろえるのはもちろんですが、実は弦楽器から音色を変えていく必要があります。だから、音が浮いてしまわないぎりぎりのラインでやっていますが、ホルンの人には「僕を信じてついてきてほしい」と言っていますし、弦楽器の人にも「こんなふうにやってみていただけますか」と頼んだら、「やってみましょう」と言ってくれています。これは東京のオケではできないことだと思います。


─ドイツで学んだことは他に何かありますか。

 今ドイツで流行っているのが、フラッタートーン(フラッタータンギング)で練習することです。これはレッスンを受けた12人のうち4人に言われました。フラッターで練習することで、息が安定するということと、必ず舌が前に来た状態で吹くことになります。よく「喉を開けろ」と言われますが、そうすると自然に舌は奥に引っ込むので、音を暗くする原因になります。もちろん喉は開けるのですが、舌が前に来ることで口の中は狭くなり、音が明るくなるんです。
 それから、これも言葉と関係があるのですが、アウフタクトの表現とか、次の小節に向かっていくところの表現が、あまりに日本人は平坦すぎる。そこが立体的になると、ドイツ語になってくると思うんです。かと言って4拍目が大きいことは絶対にありえない。
 そういうことをもっと知ってもらうために僕は影響力を持たないといけないし、海外にも目を向け続けます。来年はイタリアのコンクールを受けるつもりですが、たくさんの人にレッスンを受けて今の旬を学びたいですね。あと、プロオケの演奏会を聴いたら上手いのは当たり前ですから、音大のおさらい会を聴くのが一番勉強になります。


─ということは、レッスンを受ける相手というのも、大学の先生とかでなくてもいい?

 もちろんです。年下にもレッスンを受けますよ。そうすると「〇〇先生はこう言っていた」「△△先生はこう言っていた」ということを全部教えてもらえますから。しかも、その人の解釈で教えてもらえるのが面白いんです。ミュンヘンでもコンクールで気に入った演奏をした人のところに直接訪ねて行って「どう吹いているの?」「どういう考えで吹いているの?」と聞きました。


濱地 宗

─研究熱心ですよね。
 日本でもドイツで勉強した人はたくさんいるので、それぞれのドイツがあるとは思います。その中で僕の見てきたものとリンクする人がいれば、その人と結託して変えていきたいなと思っています。
 さっきも行ったように、僕は「白」なので、どんなことにも対応しやすいと思っています。自分のスタイルがありすぎる人はそれができない場合がある。西條さんにも「カメレオンになりなよ」「なんでもコピーできなければだめだから」と叩き込まれているので、それが自分と言えば自分です。周りの人を見ると尊敬する部分もだめな部分も見えますから、その良い部分を拾って自分のカラーにしていきたいなと思っているんです。



僕にとっては、アレキサンダーこそがホルン

─ところでアレキサンダーはいつから?

 高校1年生のときからです。当時習っていた須田先生に「楽器を買うならアレキサンダーしかない」と言われて、仙台で103を7本くらいそろえてもらって、そこから選びました。今は3本目ですが、ずっと103ですね。


濱地 宗

─なぜ使い続けているんですか。
 それは、「アレキサンダーしかない」からです。この間ドイツに行ったときに情報を得たのは、ドイツでは98%アレキサンダーということでした。さっきお話ししたようなドイツらしい明るい音を出したいのなら、アレキサンダーを使うしかない。しかも僕が上手いと思う奏者はみんなアレキサンダーなので――ああ、ヴラトコヴィッチは違うか!
 いずれにせよ僕にとっては、アレキサンダーこそがホルンですね。そういう意味でも、今度アレキサンダーホルンアンサンブルジャパンに参加させていただけることになったのは、本当に光栄です。今群響では僕しかアレキサンダーを使っていないので、楽しみですね。


12月14日のリサイタルについて伺いたいのですが、やはり先ほどのお話と関連がある?

 はい。僕がドイツでいろいろな先生と出会えたのは、キム・ジェイヒョンという韓国人の友人のおかげなんです。最初はPMFで会って意気投合し、今では大親友です。僕よりも1つ年下ですが、彼も僕の先生ですから。
 ドイツで勉強し、演奏活動もしていて、ドイツ人のような音を出しますし、教え方も本当に上手くて、ドイツの流行なども全部教えてくれます。僕が彼のレッスンを受けて衝撃を受けたので、日本でもぜひ彼のレッスンを受けて欲しいと思って今回彼の来日を企画しました。
 その一環として12月14日に東京のドルチェ楽器でリサイタルがあります。彼のソロがメインで僕とのデュオが何曲かあり、僕もソロを1曲吹きます。彼は本当に素晴らしいホルン奏者ですから、一度に2人の音が楽しめる演奏会になると思います。




「趣味」のコーナー

─野球がお好きとか。

 運動全般好きです。フットサルも読響の(山岸)リオさんとかとやってますし。でもやっぱり野球ですね。見るより、やる方が好きです。日橋君と僕で作った音楽関係者によるチームがあって、月2回くらい活動していますので、そろそろ東響や読響と対戦したいと思っています。


─ゲームもお好きですよね。

 大学の頃はネットゲームにハマったこともありました。JAGMOというゲーム音楽オケにも入っています。


─他には?

 吹奏楽大好きです。もちろん指導することも、コンクールの審査員をすることもありますが、全国大会とか地方の大会などもよく個人的に聴きに行っています。だから審査をすることは天国でもあり、ある意味地獄でもある。上手いバンドは講評を書かないで聴いていたいんです(笑)。どうやってサウンドを作るのか、先生に話を聞きに行くこともありますよ。


濱地 宗



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