アレキサンダーファン
2008年04月掲載
プロフィール
須田一之(すだ・かずゆき) 須田一之
(すだ・かずゆき)
秋田市出身。1993年、武蔵野音楽大学卒業。同年ドイツ・デトモルト国立音楽大学入学。在学中より、デトモルダー・ホルニステン、グランパルティータ・デトモルトのメンバーとして活躍。94年学生コンクール室内楽部門にて第2位受賞。95年デトモルト国立音楽大学を最優秀の成績で卒業。97年仙台フィルハーモニー管弦楽団入団。98年第67回日本音楽コンクールホルン部門入選。ホルンを堀内晴文氏、田中正大氏、ミヒャエル・ヘルツェル氏の各氏に師事。シンフォニア ホルニステン、仙台ゾリステン、シャンブル デイスのメンバー。仙台ジュニアオーケストラ、常盤木学園高等学校、仙台白百合学園高等学校非常勤講師。
使用楽器:アレキサンダー 103MBL
使用マウスピース:ティルツ マックウィリアム3
第28回 プレーヤーズ
須田一之 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。

─ホルンを始めたきっかけは?
 中学校1年から吹奏楽部に入ったのですが、もともとやりたかったのはトランペットでした。小学校のときの同級生と一緒に見学に行って、2人でトランペットを希望したのですが、トランペットは1人しか入れないと言われて、結局その友人に譲って、僕は空席のある『ホルン』という全く知らなかった楽器を吹くことになりました。その「譲る」ような感覚がホルン吹きだったのでしょうか?(笑)。


─須田さんは現在、仙台フィルハーモニー管弦楽団(以下、仙台フィル)に所属されていますが、ホルン4重奏団であるシンフォニア・ホルニステンのメンバーとしても活躍されていますね。全国にメンバーが散らばっている分練習は大変だと思いますが。
 練習は短期集中ですね。九州交響楽団の林(伸行)さんが中心になって連絡を取り合い、予定が合えばできる限り集まっていますが、なかなか難しいです。九州、関西、関東、東北にメンバーがいますから、真ん中を取って、小椋(順二)君のいる京都での練習の機会が多いです。 
 ちなみに5月の東北公演から、名古屋フィルの水無瀬(一成)君が加わることになりました。今後は広川(実)さんと共に5人体制でやっていくことになります。早速4月中に3日くらい関西に集まって集中的に練習します。
須田一之


─先日、初めてのCD「シンフォニア・ホルニステン」「ホルンフェスト」を、2枚同時に発売されましたね。
 ええ。2枚分で3日間しか時間が取れなくて、ヒイヒイ言いながらみんなで吹いてました。


─特に「ホルンフェスト」の「中高生のアンサンブルのレパートリーのために」というコンセプトは、今までありそうでなかったものでした。

 例えば吹奏楽におけるホルンアンサンブルに対するニーズは、最近では確かにあるんです。でも殆どの顧問の先生方がこの『ホルン』という楽器に悪戦苦闘されているのが現状ではないでしょうか? 最も苦労する楽器の1つですが、アンサンブルをすることが上達するための1つの手段になると考えます。
 これまでは、プロの視点からは物足りなくても、中高生にとっては難易度が適度な楽曲を紹介されることがほとんどありませんでした。しかし、かなりの楽譜が存在していて、それらを広めるのも私達の務めではないかと考え、作ったのが『ホルンフェスト』なんです。またシンフォニア・ホルニステンのホームページでこのCDと共に楽譜も紹介できますし、演奏するに際してのアドバイスをすることができるということも考えております。こういった活動はこれからもしっかり続けていこうと思います。



─ところで、シンフォニア・ホルニステンの発足のきっかけは?

 林さんは僕のドイツ留学時代(デトモルト音楽大学)の先輩です。広川さんは武蔵野音楽大学時代の先輩、小椋君は以前仙台フィルで同僚でした。そのときにこのアンサンブルの話が持ち上がりました。最初はホルン6重奏くらいまでできる団体を作りたかったんです。最終的にはホルン4重奏として結成されまして、今に至っております。
 通算ライブ回数が30回を超えるようになって、ようやくいろいろな試みができるようになってまいりました。年齢的には上下ありますが、とても普通では考えられないくらい親しい間柄になっております。こういったところが上手く、また楽しくやれているところなのではないかと思います。家族みたいなものですから、あまり言葉がいらずに解決できることも多いですね。かといって、あまり会えないから常に新鮮さもありますし、たまに集れるからこそ全力で何かを作っていこうというモチベーションが失われないのでしょう!



─ドイツ留学の話が出ましたが、ドイツ国立デトモルト音楽大学には、日本から留学される人が多いですよね。
須田一之
 僕の場合は、武蔵野音楽大学4年生のときに当時デトモルト音楽大学のヘルツェル先生が客員教授として招聘されておりまして、2ヶ月間のレッスンの最後の頃にお誘いを頂きまして、大学を卒業したその秋に留学しました。ちょうど2年間先生のもとで勉強することができました。


─向こうでの生活はいかがでしたか。

 先生はとても親日家で、僕は非常に良くして頂きました。ドイツ語は殆ど話せなかったのですが、先生の計らいでドイツ人ばかりの様々なアンサンブルの中に入れて頂いたり、大学のオーケストラや、様々なお仕事を頂いたりとか。とても勉強になったと感謝しております。
 ドイツでは若いオーケストラ奏者が音楽大学に在籍をしながら研鑽を積むということが多かったので、例えば一緒に吹いていた木管5重奏のメンバーは、僕以外は皆オーケストラで活躍しておりました。そういった仲間達からも、言葉はもちろん、音楽のニュアンスも学ぶことができました。
 恥ずかしいことではありましたが、多少は言葉が足りなくても音楽が通じた時はとても素晴らしかったです。ドイツでの2年間はあっという間でしたが、何もかもが楽しくて、天国みたいでした。音楽の土壌というか、システムが完璧にできあがっていて、「文化とはこういうものか」と感じました。



─ドイツでそのまま活動するという選択肢もあったのではないですか。

 留学最初の段階から、「僕は将来日本でプレーヤーとして活動したいので2年で帰らせて下さい」とお願いしました。ヘルツェル先生には卒業する頃に大分引き止めて頂きましたが、どうしても日本でプレーヤーとして、その世界に飛び込んでやっていけるかどうか試してみたいと考えていました。



須田一之
─フリーの間、特に印象に残るエピソードなどありますか。

 当時、演奏の仕事はなかなかできず、様々なオーケストラでの裏方の仕事もさせて頂きました。東京都交響楽団さんの裏方のお手伝いをした時に、朝比奈さんの指揮でブルックナーの交響曲のリハーサルがまさにこれから始まるというときに、僕がもたれ掛かっていた壁に練習場の照明のスイッチがあって肩で消しちゃったんです。いきなり暗くなってしまい、当然リハーサルはストップです。しかも1回消してしまったらなかなか点灯しないタイプの照明で、すごく怒られたのを憶えています。(笑)



─その後仙台フィルに入られた。
 フリーを2年ほどしてから仙台フィルのオーデイションを受けて、団員になることができました。仙台は東京にも近く、出身地の秋田にも行きやすいところであります。最近では同級生や後輩達が東北各地の学校で吹奏楽の指導をしていたりして、仕事上でのつながりも多くなっております。


─仙台フィルとかシンフォニア・ホルニステンではどんなポジションを吹かれているのですか。

 仙台フィルでは1、3番奏者をしております。シンフォニア・ホルニステンではある程度ポジションを固定していまして、僕は主に内声の2、3番を担当します。ライブでは司会進行もしております。肩の力を抜いて聴きたいような「フリッパリーズ」などでは1番を担当します。



─現在、仙台フィル、シンフォニア・ホルニステン以外の活動としては?

 仙台フィルのなかで「仙台ゾリステン」という木管5重奏のメンバーとして活動をしております。あとは木管5重奏+弦楽4重奏から成る9重奏のアンサンブルもしております。編成としては珍しいのですが、シュポアやラインベルガ−が作曲をしております。



─ところで、アレキサンダーはいつからお使いですか。
須田一之

 今使っておりますアレキサンダー103は6年くらいになります。シリアルは#17394番です。それまでは12〜3年イギリスの楽器を使用しておりました。学生時代も、ドイツに留学していたときも、仙台フィルに入ってからもずっとですね。
 仙台フィルのメンバーはいろいろな楽器を使用しておりましたが、ある時期に気が付いたら僕以外がアレキサンダーになっておりました。それまでアレキサンダーを吹いたことがなかったのですが、「知らない楽器を吹いてみるのも楽しそうだなあ」と思い、買いました。
 もちろん学生時代や様々な仕事の場でとても気にはしてましたし、興味を持っておりました。いざ自分が吹いてみた時に、とても心地よい新鮮な気分になりました。またその良さも実感することができました。「ああ、だから多くの方々がこれを吹いていて、昔から使われ続けているんだ」と納得しました。
 その人が持つ音色自体は楽器が変わってもその人の音だとは思いますが、自分の求めるものを追求するに当たっては、アレキサンダーという楽器はより深く追求できるのではないかと感じました。



─特にどんな部分に魅力を感じますか。

 自分が使ってみるまではあまり考えてはいなかったのですが、やはり様々なニュアンスが出しやすいというところが最大の魅力ではないでしょうか? 極端ではありますが、子供の頃憧れていた、たくさんの種類がある色鉛筆のような感じですね。それも12色や36色セットのような(笑)。
 もちろん、同じ楽器同士から生まれる様々な力も感じます。それはシンフォニア・ホルニステンでの演奏でも強く感じることができます。別に意識したわけではありませんが、気が付いたらアレキサンダーを吹く者同士が集まっていました。そのお陰でメンバーのパワーとなり、CDを作るところにまで至ったのだと信じております。
 もちろん性格同様、音色も4人それぞれです。でも不思議なことに一緒に演奏して、1つのサウンドになったときのこの楽器の持つ素晴らしさを感じずにはいられません。




一問一答コーナー

─お休みの日にはどんなことをされていますか。
 中学の時から体格に似合わずバドミントンが大好きで、今でも良くやっていますよ。それから仙台に来てからアウトドアにはまりましたね。家族や仲間同士でキャンプをしたり、バーベキューをしたりとか。夏は魚取りや虫取り、冬はスキーもします。仙台は少し郊外に出ればすぐ自然に辿り着くことができます。家族とはもちろん、仕事仲間と遊ぶことも大切にしております。

─ドライブもお好きだとか。
 実は仙台フィルに入って最初の1年間で免許を取りました。なかなか時間が無かったからこつこつと。それまでは車を運転することが憧れで(笑)。今では仕事はもちろん、趣味やレジャーには欠かせません。とても素敵な乗り物です。

─休みの日にはホルンは?
 完全に忘れるようにしてます。時期によってはしばらく吹かないこともありあすよ。その後のリハビリは大変ですが(笑)。演奏家としての生活はリズム的なこともあったりするので、自分を維持するということがとても大変だと思います。そんな中で家族と過す時間を非常に大切にしております。感謝しても足りないくらいです。暖かくなってきたら、蔵王の山にでも行ってみようかなあと思います。

仙台・青葉城跡
(撮影は仙台・青葉城跡にて行ないました)
当コーナーの情報はそれぞれ掲載時のものです。
プロフィール等変更となっている場合がございますので予めご了承下さい。


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