アレキサンダーファン
2007年10月掲載
プロフィール
梅田学(うめだ・さとる) 梅田学
(うめだ・さとる)
1945年広島生まれ。国立音楽大学卒業。和方寛茂、千葉馨の両氏に師事。1967年、大学在学中に東京交響楽団に入団。1974年から1976年まで、文化庁在外研究員として、ドイツのケルン音楽大学へ留学。フレンチホルンをE・ペンツェル氏に、室内楽をドクター・スティーブンス氏に師事。2005年に東京交響楽団を定年にて退団し、中国、瀋陽(しんよう)の音楽学院にて教鞭を取る。
第26回 プレーヤーズ
梅田学 インタビュー

国内外のホルンプレーヤーにスポットを当て、インタビューや対談を掲載するコーナー。
ホルンについてはもちろん、趣味や休日の過ごし方など、
普段知ることの無いプレーヤーの私生活についてもお伝えします。

─現在、中国の瀋陽音楽学院の教授をされているそうですが……。
はい。国立の大学で、中国では単科大学のことを「学院」と言います。中国全土に、同じくらいの規模の音楽大学が8つあるそうで、瀋陽だけでも付属高校や中学を入れて生徒は7000人ぐらいいます。ただ、キャンパスは何箇所もあって、僕のいるキャンパスは母校である国立(くにたち)音楽大学くらいのイメージです。
梅田学


─ところで、瀋陽という街はどの辺りなのですか。
瀋陽は中国の東北地方にあって、北京から800kmくらいの距離です。中国で最も北の大都市で、昔の満州・奉天と言えば古い人にはわかりやすいかもしれません。緯度としては盛岡くらいですが、冬は非常に寒く、聞くところによるとマイナス30度くらいまで下がるみたいですよ。僕もマイナス22〜23度くらいは経験しました。


交通の便は良く、成田への直行便が1週間に4〜5便飛んでいます。飛行機で2時間半〜2時間50分、瀋陽は空港から車で20分というところなので、むしろ住んでいる国立から成田の方が遠くて、成田が中間地点と言っています(笑)。



─言葉はどうされているのですか。
学校が通訳を付けてくれていて、レッスンはもちろん、買い物などにも付き合ってもらっています(笑)。自分でも、中国に行く前に、一橋大学に来ている留学生に家庭教師で中国語を習いました。ちょうど瀋陽から来ている人だったので、街の情報も教えてもらえたので、好都合でした。

住まいは、校内にあるホテルでもいいし、官舎でもいいと言われて悩みましたが、ホテルは楽だけれどキッチンがない。それで官舎を選びました。一人用なので1LDKです。夕食は外で食べることも多いですね。


─気軽に食事するような店は周りにあるのですか。
実は瀋陽というのは、中国一のコンピューターの街で、学校を一歩出ると秋葉原のような雰囲気もあります。人口は750万人だから相当な大都市ですね。学校の6階のレッスン室から見ると、新宿の西口みたいなビルが並んでいます。だから食べ物屋さんもいくらでもあります。

ただ、中国では注文するときにどんな食材をどういう調理法でどんな味付けで、と詳しく頼む習慣があるんですね。現地の人が注文しても数分かかるくらいですから、食事の注文は意外に苦労します。日本のようにメニューのある店も増えていますが。ファーストフードもありますよ。学校の前には吉野家とマクドナルドとサブウェイとピザハットとケンタッキーフライドチキンが並んでいますから、困ったときにはそこに行ってしまいます(笑)。


─向こうの学生のレベルはどうですか。
梅田学

面白いのは、ホルンが個人技なんですよ。まず合奏の経験がないし、独特のリズム感があって、みんな足でリズムを取りますしね。合奏で隣に合わそうなんていう感覚はまるでありませんね。僕は室内楽の授業も持っているんですが、単位を取るために試験を受ける、くらいにしか興味がないんですよ。
それで吹けるか吹けないかと言ったら、吹けるんです。中には飛び抜けて上手い学生もいます。でも小さい音には興味がなくて、スポーツと同じで「強く、速く、高く」(笑)。



─生徒たちはどんな楽器を使っているんですか。
僕の生徒は、アレキサンダーは1人ですね。なぜかホルトンが多いです。あとはパックスマンですね。


─梅田さんご自身の話に移りますが、なぜホルンを始めたのですか?

実は、僕はもともと、音楽は大っ嫌いだったんです。運動ばかりしていました。
でも高校に入ったら、吹奏楽部が全国大会に出るくらいのところでした。そこになぜか入る羽目になったんですよ。

当時僕はちょっと不良だったので、悪友が吹奏楽でサックスをやっていて練習に行かなければならないと言うのを、サボらせようとしていたんです。そいつが「部長に言い訳して来なければならない」と言うので、僕もついて行ったんです。そうしたら、向こうは僕のことを入部希望者と勘違いして、「ちょっとこれ吹いてみろ」とユーフォニアムを渡されて、吹いてみたら音が出る。「じゃあ明日から来い」ということになって、そこで行かなければそのままだったのに、なぜか次の日に行ってしまったんですよ。人間て不思議なものですね。その後もなぜか真面目に練習を続けました。親は喜びましたけれどね(笑)。

それで半年くらい経ったらホルンの先輩がやめてしまって、「今度はホルンをやれ」と。そこは全国に行くような部でしたから、依頼演奏が多く、学校を休んでただでいろいろなところに行けるわけです。しかも高校1年のときの全国大会が東京で、僕は上手になろうとはさらさら思いませんでしたけれど、東京に行きたいばっかりに真面目に練習しましたね。それで見事に全国に行くことができました。
次の年は北海道の室蘭で、広島から列車を乗り継いで3日かかって行きました。途中、山手線でティンパニーを運んだのを覚えていますよ(笑)。



─音大へはなぜ?

僕の行っていた高校は進学校だったのですが、部活ばかりやっていたので、進路決定のときに行けるようなところは音大しかなかったんですよ。当時国立音大は入試にピアノがなかったので、それで助かりました。

大学に行っても、不良が頭をもたげて来て、最初の1年はほとんど学校に行かないで遊んでいました。でも1年生の終わり頃に国立に引っ越したら、当時は田舎で遊ぶところも何もないし、「もういいか」と思って真面目に勉強を始めました(笑)。



梅田学
─東京交響楽団に入ったのも学生のときですよね。

はじめ僕はオーケストラには興味がなくて、知り合いを頼ってテレビ業界に入ろうと思っていました。あるとき東京交響楽団(東響)の人が大学のレッスン室をのぞきに来て、次の日にエキストラ依頼の電話がかかってきました。「題名のない音楽会」で、練習と本番で3千円もらったのを今でも鮮明に覚えています。当時僕の仕送りが2万円でしたから、かなりの額でしたね。
何回かエキストラに行っていたら、副団長さんに呼ばれて「学生契約しないか」と。それが4年生の9月でした。それで卒業と同時に正団員になりました。



─その後、ずっと東響ですよね。
39年ですか。金管楽器で定年までいた第1号だと言われました。東響に入ってから、僕が29歳のときから2年間、国のお金でドイツに留学させていただいたのはラッキーでした。ダメもとで応募したら当たってしまって。当時、外国に留学するということ自体が大変なことでしたから。


─ドイツのどちらだったのですか。

本当はチェコに行きたかったんですが、当時チェコは共産圏で、留学はかなり難しいということで、ドイツのケルンに行って、ペンツェル先生に習うことができました。彼は教育者として有名で、ドイツのオーケストラのトップ吹きの半分はペンツェルの弟子だ、と言われるくらいですから。



─ドイツに留学して、いかがでしたか。
僕の人生の中で、一番大きな出来事だったし、そこで人生観が変わりましたね。周りを見ても、当時の日本のレベルとは段違いでしたし、「楽器ってこうやって吹くのか」と初めてわかった気がしました。僕がオケで定年までいられたのは、そのおかげでした。


─現在、主にアレキサンダーの107をお使いとのことですが、いつごろからですか。
梅田学
学生時代も学校の楽器がアレキサンダーでしたけれど、自分で買ったのは25歳くらいのときですね。最初は103でしたが、ペンツェルがBb/ハイFの107を吹いていて、それがきっかけで僕も使うようになりました。
当時は、先代の社長であるアントンさんに「お前、また来たのか」と言われるくらい、アレキサンダー社に通っていました。ケルンからだとマインツまで車で1時間半くらいでしたから。


─そのときからずっと107ですか。
僕は107を3台持っているんです。最初は留学中にドイツで買ったもので、17年くらい使っていったん生徒に売ったのですが、あきらめきれなくて買い戻したという経緯があって、調整してもう一度使ってやろうと思っているところです。

最初は103と併用していたのですが、途中でどちらかにしないといけない、と思って。マウスパイプの長さが違うと、楽器の吹き方が相当違ってくるんです。107はマウスパイプが短いですから、それに対応した息の入れ方になってきて、103を吹いたときに良い音がしない。逆もあります。かなりの名手でも、ハイF管を吹いてコンディションを壊すという人が大勢いるくらいですから。それで107をメインにすることに決めました。
でも練習の時にはなるべく長い管で吹いていた方がいいので、今でも103は練習用みたいな感じで使っています。

当コーナーの情報はそれぞれ掲載時のものです。
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