アレキサンダーファン
2007年01月掲載
第24回 アレキファン的「ホルンの“ホ”」
アレキサンダー社工房訪問ツアー ツアーレポート(後編) 2006.10/7〜11




2006年10月7日〜11日 ドイツ・マインツ

 ライン下りの船上で、ローレライの崖の上でホルンアンサンブルを楽しんだツアーメンバーだが、最大のお楽しみはツアー3日目にやってきた。このツアーの目玉であり、ツアー名にもなっているアレキサンダー社工房訪問だ。一般には公開されない工房内部を見学できるということで、参加者の期待は否応にも高まるのだった。
  さて、マインツの駅からすぐのホテルからアレキサンダー社までは歩いて数分。外観はなんということもない普通の「楽器屋さん」だ。入口を入るとギターやらキーボードやらドラムやらが並んでいる。管楽器の姿などどこにもない。

マインツ駅。日本の感覚ではとても駅に見えないが、中にはスーパーやレストラン、お土産屋さんなども入っている
マインツ駅。日本の感覚ではとても駅に見えないが、中にはスーパーやレストラン、お土産屋さんなども入っている
今回我々が宿泊したホテル“ケーニヒスホフ”。マインツの駅前にある
今回我々が宿泊したホテル“ケーニヒスホフ”。マインツの駅前にある
マインツ駅からほど近いアレキサンダー社。外観は普通の楽器店である。ここで世界のアレキサンダーホルンが作られているとは、知らなければ気づかないだろう
マインツ駅からほど近いアレキサンダー社。外観は普通の楽器店である。ここで世界のアレキサンダーホルンが作られているとは、知らなければ気づかないだろう

 階段を上がった2階が管楽器フロアだ。楽器店らしく様々なブランドの管楽器の展示に混じって、1912年当時の103プロトタイプやら、トリプルホルン301の試作モデルやら、他ではお目にかかれない貴重品が展示されている(もちろん非売品)。さらにフロア奥の「テスティングルーム」には様々なアレキサンダーホルンやベル、 著名プレイヤーの写真などが壁にかかっており、大勢のプレイヤーが試奏や選定、あるいは改造・修理などで訪れていることを実感させられた。
1912年頃に作られた103の原型、とある
上は、1912年頃に作られた103の原型、とある

アレキサンダー社では、前日に続いて“アレキサンダー・ブラスバンド”の歓迎を受ける。1人少ないようだが……
アレキサンダー社では、前日に続いて“アレキサンダー・ブラスバンド”の歓迎を受ける。1人少ないようだが……
2005年4月30日に東京・上野で行なわれたAHOCの「第1回オーナーズミーティング」にフィリップ社長が持参し、参加者全員のサインをもらっていたポスターがテスティングルームにちゃんと飾ってあった
2005年4月30日に東京・上野で行なわれたAHOCの「第1回オーナーズミーティング」にフィリップ社長が持参し、参加者全員のサインをもらっていたポスターがテスティングルームにちゃんと飾ってあった


いよいよ待望の工房見学!

 2階の管楽器フロアから一旦外に出て、中庭を通り裏手にある建物に入ると、そこがアレキサンダーホルンが作られている工房だった。「工場」ではなくまさに「工房」。動力を持って動く「機械」は少なく、人の力で動かす、または人間の作業の手助けをする「器械」と人間の手そのものによって、楽器が作られていく。

工房には、“アレキサンダー楽器店”の2階から中庭を通って行く
工房には、“アレキサンダー楽器店”の2階から中庭を通って行く
楽器店裏手(というか隣)にあるこの建物がアレキサンダーの工房。まさに「工房」で、決して「工場」ではない
楽器店裏手(というか隣)にあるこの建物がアレキサンダーの工房。まさに「工房」で、決して「工場」ではない

 非常にゆったりと時間が流れている雰囲気が印象に残った。もちろん、のんびりと作業をしているわけではない。熟練の作業員ばかりだから手際は鮮やかだし、てきぱきと仕事を進めているのだが、作っている人たちの表情がとても穏やかなのだ。時間に追われるようなピリピリした雰囲気はなく、皆が楽器作りというものを本当に楽しんで、楽器(のパーツ)を慈しむようにしながら作っているように感じ取れる。これが世界中で人々に愛されるアレキサンダーホルンの秘密のような気がした。
 というのは(ぶっちゃけますが)、特別なことは何一つしていないのだ。今や量産品の楽器を職人がハンマーでトンテントンテンと叩いているはずもないし、見学お断りの極秘ルームがあるわけでもない。もちろん、楽器の形状を正確に決めるために手作りされたジグ(治具)やまさに楽器を作るために自社で開発したオリジナルの作業器械というものが「命」だとアレキサンダーのマイスターは説明する。でもそれだけではないこともよくわかった。作っている人間の気持ちが楽器に込められているのだろう。
 私は決して精神論者ではないのだが、そう思わせられてしまう何かが確かにそこにはあった。

工房内は撮影禁止とのことで、工房の裏側を拝見。これは社員食堂のメニューのようだ。希望するものをあらかじめ右のポストに入れておくのだろうか
工房内は撮影禁止とのことで、工房の裏側を拝見。これは社員食堂のメニューのようだ。希望するものをあらかじめ右のポストに入れておくのだろうか
「非常口」の表示に、こんないたずら書きが……。工房内には誰かの趣味と思われるポスターなども貼ってあり、自由な雰囲気が感じられた
「非常口」の表示に、こんないたずら書きが……。工房内には誰かの趣味と思われるポスターなども貼ってあり、自由な雰囲気が感じられた
日本のAHOCのチラシも工房の片隅に貼られていた
日本のAHOCのチラシも工房の片隅に貼られていた


BIG SURPRISE!!

 と、ここからが一同びっくりの“お楽しみ”だった。なんと、自分の楽器用のメインチューニングスライドを、自分の手で作らせてくれるというのだ。
 まずは曲線部分から。イエローブラス/ゴールドブラスそれぞれの(黒ずんだ)真っ直ぐの管を、器械にセットして曲げる。しかしセットしたらスイッチポンでできるわけではない。レバーを引く力や速さに意外とコツがいるのだ。しかし指導を受けながら、皆なんとかクリア(でも実は失敗→廃棄、というシーンもあったのだ)。
さてここからは「チューニングスライド製作体験」のコーナー。まず直管を曲げる作業から。これにも結構コツが必要だ
さてここからは「チューニングスライド製作体験」のコーナー。まず直管を曲げる作業から。これにも結構コツが必要だ

 曲げた状態の管は多少つぶれているため、断面が真円ではない。中に鉄球を通して管を真円に形成するのだ。チューニング管をマシンにセットし、スイッチを入れるとまるでパチンコ玉のようなものが空気の力で管の中を通る。それを2回ほど繰り返し、空気圧を抜いてから管を外す。これもオートメーションではない。
 できた管はバーナーで炙って高温にしてから水をかけて急激に冷やすことで物性が変化し、硬度が上がる(これを焼き入れという)。炙っている時間はマイスターの永年の勘だけである。タイマーで計っているわけではなく、真っ赤になっている金属の色合いを見て決める。このような点がオートメーションで作られる楽器との違いか。なお、ここは危険を伴う作業であり、特に重要な部分なのでマイスターが全員分の作業をしてくれた。
 このあと専用のクロスで磨くと、くすんでいた金属が鈍い輝きを持つ。それを丸ノコで適切な大きさにカット。「正確なゲージがあるから誰がやっても大丈夫」と、この作業もツアーメンバーの手で行なう。

焼き入れをしたもの(右)をクロスで磨くと左のようになる
焼き入れをしたもの(右)をクロスで磨くと左のようになる
曲線部分を必要な長さに切ったところ。各自の楽器のモデルはもちろん、材質も合わせたものを作らせてくれた
曲線部分を必要な長さに切ったところ。各自の楽器のモデルはもちろん、材質も合わせたものを作らせてくれた

 次は曲線部分に、洋白製の直線部分をハンダ付け。まず曲線部分のエッジにヤスリをかけて洋白の管に差し込みやすくする。その後、炎を吹くトーチをいきなり手渡された。まさかここまでやることになるとは! もちろん丁寧に指導してくれるが、慣れない作業に皆腰が引ける。人によってはハンダがはみ出したりはしたものの、ここもなんとかクリアして、今日の作業はおしまいとなった。

このあと洋白製の直線部分にはめ込むため、エッジにヤスリがけをする
このあと洋白製の直線部分にはめ込むため、エッジにヤスリがけをする
安定した台にセットし、炎を吹くトーチを渡されてハンダ付けをする。最初は皆腰が引けていたが、マイスターの指導を受けながらやってみると何とかなるものだ
安定した台にセットし、炎を吹くトーチを渡されてハンダ付けをする。最初は皆腰が引けていたが、マイスターの指導を受けながらやってみると何とかなるものだ

ハンダがはみ出してもいるが……
ハンダがはみ出してもいるが……
専用のクロスでしっかりと磨くと、こんなにピカピカに
専用のクロスでしっかりと磨くと、こんなにピカピカに

 夜はマインツ郊外で行なわれていた「オクトバーフェスト」に繰り出す。オクトバーフェストはいわば「ビール祭り」であり、ミュンヘンのものが有名だが、ここマインツでも数年前から開催されているそうだ。巨大なテントに入ると一人一人にタグが渡され、そのタグで料理一品とビール2リットル(!)が注文できるそうだ。オクトバーフェストのビアジョッキと言えば1リットルの巨大なものが標準。それを2杯も飲む頃には、皆すっかり出来上がっていた。
マインツ郊外で行なわれていたオクトバーフェストの大テント。しかし本場ミュンヘンのそれに比べると「まるで小さい」とか(!)
マインツ郊外で行なわれていたオクトバーフェストの大テント。しかし本場ミュンヘンのそれに比べると「まるで小さい」とか(!)


最後にはフィリップ社長からプレゼントが

 ホテルで目が覚めれば、もうマインツでの最終日。午前中は日本語ガイドによるマインツ市内観光、その後解散しての自由行動となった。思えばここまで既に2日以上マインツに滞在しているのに、イベントが多すぎて市内観光をしていない! 思えば思うほど普通のツアーではないのだ。
  マインツという街は端から端まで歩いて15分ほど。1時間もあれば市内をめぐることができるだろう。1000年以上の歴史のある壮麗な大聖堂を中心とする旧市街は戦火を免れたために中世の町並みをそのまま残しているし、そこに州立劇場など近代的な建築物が自然に溶け込んでいる。とはいえそれほど観光地化されていないこの街は、穏やかで非常に居心地がいい。
 音楽ファンの立場で見ると、ショット(schott)という音楽出版社もマインツ市内にあり、直営店を持っているので、私を含め数人は自由時間にそこを訪れてホルン関係の楽譜を漁ったのだった。

こちらはマインツの新名所(?)とも言うべき噴水。マインツのカーニバルに登場するキャラクターが無数に描かれている
こちらはマインツの新名所(?)とも言うべき噴水。マインツのカーニバルに登場するキャラクターが無数に描かれている
マインツの象徴でもある、歴史ある大聖堂
マインツの象徴でもある、歴史ある大聖堂
大聖堂の内部。荘厳さに溢れ、入るだけで心が静まる気がする
大聖堂の内部。荘厳さに溢れ、入るだけで心が静まる気がする

 午後はアレキサンダー社の裏手の丘にある“KUPFERBERG(「クッファーベルク」日本でも販売されています)というゼクト(スパークリングワイン)の製造元を訪ねた。フィリップ社長と幼馴染というオーナーのお嬢さんの案内で丘の地中深く(小高い丘の上から下を流れている川底よりも深い)にある貯蔵庫(古いものはローマ帝国時代の)を見学、まるで「ロード・オブ・ザ・リング」の洞窟シーンの気分を味わいながら地上に戻り、応接室で3種類のゼクトをテイスティング。全員高貴な気分での締めくくりとなった。

アレキサンダー社の裏手にあるクッファーベルクのゼクト(スパークリングワイン)製造所を見学。ここのオーナーはフィリップ社長と幼馴染だとか
アレキサンダー社の裏手にあるクッファーベルクのゼクト(スパークリングワイン)製造所を見学。ここのオーナーはフィリップ社長と幼馴染だとか
地下深くにある貯蔵所。ゼクト自体はビンに詰めて発泡させる
地下深くにある貯蔵所。ゼクト自体はビンに詰めて発泡させる

ネーム入りの、自分の手で作ったチューニングスライド。世界に一つの宝物だ
ネーム入りの、自分の手で作ったチューニングスライド。世界に一つの宝物だ
 しっかりとグラス3杯分のゼクトを飲み干しほろ酔い気分でアレキサンダーに戻ると、もうお別れのセレモニーの時間だった。お礼の意味を込めてツアー参加者でドイツ国家を演奏したあと、フィリップ社長から一人一人に記念品が手渡された。
 それはツアー参加の認定書と、全員のサインが入ったポスター、そして昨日自分の手で作ったチューニングスライドだった。はみ出したハンダは取り除かれ、ピカピカに磨き上げられ、そこに自分の名前が刻まれている! この3日間の思い出とともに、最高の記念品となった。さて自分の楽器に付けて使うか、大切に取っておくか、悩むところだ……。

フェアウェル・セレモニーにて、アレキサンダー・ホルンアンサンブル(?)とジョイント演奏。あれ? 昨日までテューバ吹いていませんでしたか?(>左端の方)
フェアウェル・セレモニーにて、アレキサンダー・ホルンアンサンブル(?)とジョイント演奏。あれ? 昨日までテューバ吹いていませんでしたか?(>左端の方)
ツアー参加認定書と皆のサインが入ったポスター、そして自分で作ったチューニングスライド(ネーム入り!)が、フィリップ社長から参加者一人一人に手渡された
ツアー参加認定書と皆のサインが入ったポスター、そして自分で作ったチューニングスライド(ネーム入り!)が、フィリップ社長から参加者一人一人に手渡された

 そして、この日の夜のフライトでドイツを発つ我々を、例によってフィリップ社長とパンクラッツ氏が運転してフランクフルト・マイン空港まで送ってくれた。3日半の行程をずっと共にしてくれたこの2人としばし別れを惜しみ、一同は帰国の途に着いた。
 日本到着は翌11日の午後。ツアーメンバーは成田空港で全国に散り散りになるのが不思議なくらい、すでに「仲間」であった。またどこかで会い、一緒にホルンを吹くことを誓って、ある者は羽田からさらに飛行機に乗るために、ある者は新幹線に向けて、ある者はバスである者は電車で、別れたのだった。


貴重な体験をして、大切な思い出をのこしたツアー

 とまあこんな具合に、ライン下りの船やローレライの岩壁の上でホルンを吹いたり、アレキサンダーの工房を見学したり自分でチューニングスライドを作ったりと、このツアーは普通の観光旅行ではめったにできないような体験の連続であった。
 さらには全国のアレキサンダーユーザーとともに自分の楽器の故郷を巡る旅ができ、楽器を里帰りさせることもできた。ツアーメンバー同士、そしてアレキサンダー社のスタッフとビールやワインを酌み交わし、いろいろな話をしたのも大切な思い出だ。
 そしてこのツアーを通じて最も印象に残ったのが、アレキサンダー社員による全面的な協力体制。彼らが作る楽器に愛情を込めているように、それを演奏する人にも愛情を注ぐ、その一端を垣間見たように感じた。

(今泉晃一)







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